プロフェッショナルで高度なサポートと「千葉県」の縁が信頼関係を深める
今回の千葉ロッテマリーンズとの連携には、どのような経緯があったのでしょう。プロジェクトの滑り出しはどうですか。
小林: 本学は、これまでにも多くのスポーツドクターを輩出し、様々な競技現場のメディカルサポートを行ってきた実績があります。ただ、プロ野球界に関しては、チームドクターはいてもストレングスケアやコンディショニングケアについては選手個々人が取り組んでいるという実態がありました。そこで、チーム全体を総合的に見る体制を連携して作ることができないか千葉ロッテマリーンズに提案したところ、実現に至ったというのが今回の経緯です。整形外科部門、コンディショニング・栄養管理部門などから多数のドクターが参画してメディカルチェック(血液検査、唾液検査、整形外科テスト他など)を行うとともに、IoTシステム(電子カルテ)を活用し選手の体調、栄養、ケガ予防、コンディショニングアップを指導する体制を作りました。
医学部 小林 弘幸 教授
青木: スポーツ健康科学部では、体力測定の実施、運動能力や動作解析など、スポーツサイエンスの観点から選手が現時点での自身の体力・能力を知るためのサポートをします。第1回目は佐々木朗希選手をはじめとする新入団選手7人の体力測定を行いましたが、私たちが提示した測定項目が千葉ロッテマリーンズ側の事前のオーダー項目よりも専門的で細分化されていたため、「プロの世界以上にプロ化している」と、球団の育成統括の方やトレーナーの方からも感嘆されました。
小林: メディカルサポートの点では、医師が開幕前のキャンプにも帯同して、これまでであれば無理をして腱が切れてしまったかもしれないケガをその場で迅速に診断して処置に導き、開幕に間に合わせるという貢献もできました。私も石垣島で行われたキャンプに赴いて、1軍2軍含めた全選手のメディカルチェックをしました。
青木: スポーツ健康科学部にも、球団から12分間走などの記録が送られてきて「これで何らかの分析ができるか」や、「キャンプ中に他にどういう測定をしたらいいか」といった相談もありました。すぐに医学的見地も踏まえて提案を返すなど、早いレスポンスを心がけて信頼に応えています。
スポーツ健康科学部 青木 和浩 教授(右)
小林: このプロジェクトはやはり「千葉県ゆかり」というのが大きいんです。順天堂はそもそも佐倉市に歴史があり、県内には医学部附属病院である浦安病院、スポーツ健康科学部、医療看護学部があります。千葉県が発信地になるように盛り上げていきたいと思っているところです。
青木: 千葉県はもともと野球が盛んで、スポーツ健康科学部にも野球経験者や野球好きの学生が多いです。今回のプロジェクトでは、「千葉」を冠する一番良い球団と組むことができたと感じています。学生たちも「千葉ロッテマリーンズをサポートしているのが順天堂」というのは誇らしいでしょう。
プロジェクトの方向性や順天堂大学ならではの強みを教えてください。
青木: スポーツ健康科学部には、学部生全員を対象とした50年に及ぶ体格体力累加測定のデータを目玉に、順天堂独自の様々なデータがあります。データ自体の量が膨大ですし、データの取り方や分析のノウハウ、それを生かすアイデアも豊富です。今回の千葉ロッテマリーンズ新人選手への体力測定では、第一段階として特に筋力系にフォーカスしましたが、今後は動作分析やゲーム分析など、私たちが持つ多様なデータで可能性を広げられるのが大きな強みです。
スポーツ健康科学部で行われた千葉ロッテマリーンズ新人選手への体力測定の様子。写真は筋力測定をする佐々木朗希選手
<体力測定に参加した佐々木朗希選手と測定担当教員のコメント>
小林: 「メディカル」と「スポーツサイエンス」のタッグでプロ野球の球団を本格的にサポートする今回の試みは、他の球団も含めて初めてのケースになるので、ぜひ注目してほしいと思っています。いろいろな意味で最初の1年は重要です。プロスポーツはケガをしないことが第一ですから、私たちのサポートによって可能な限りそれを防ぐ、見抜くというところに貢献したい。ただ、無理をしないようにと"過保護"になっても鍛えられません。だからこそ、そういった感覚とデータをこの1年間でしっかり見ていく、蓄積していくことが大切です。それを財産に、今後継続的に選手のフォローをしていきたいと考えています。
青木: プロ野球は、連日の試合も多い上に試合期間がとても長いという特徴があります。私たちはケガの予防だけでなく、「+α」を与えられる存在として、シーズン中のパフォーマンス維持をサポートしていきたいと思っています。それこそがスポーツ健康科学部の役割と言えるでしょう。特に、今年の新人選手については初期値のデータが得られているので、今後の育成過程を通して見えてくるものを大事にしたいと思っています。新人選手は今はまだ体型も細いですが、今後の変化を追っていければ、スカウティングにも活用できるはずです。
小林: これまでは、なぜこの選手が伸びたのか、または伸びなかったのかなど、個々の選手をきちんと検証した形跡がありませんでした。しかし、スポーツサイエンスの視点を入れれば、この選手はこうだから成功したんだ、入団後にこうしたから伸びたんだと、3年後、4年後には傾向が見えてきます。すると、どのような育て方をすれば良いかも明確になる。選手一人ひとりを底上げするためのチーム作りに役立てることができるはずです。
青木: たとえば私は陸上競技を指導しているので、走り出す時の足の接地や走っている時に体の軸がぶれてないかなど、陸上競技の視点で選手を見ることができます。また、本学にはサッカーをはじめ様々なスポーツの視点、生理学的視点を持った教員・研究者もいますから、選手の運動能力を多面的にとらえることも可能です。陸上競技などの個人競技のトップアスリートは一人ひとりオーダーメイドのトレーニングが必須ですが、そのようなノウハウを千葉ロッテマリーンズの選手たちの個別トレーニングに取り入れられればと考えています。
小林: 実際のところ、医者ができることは選手のケガを治すことくらいなんです(笑)。だからこそ「元気な選手をいかに活躍させるか」という視点でサポートできるスポーツ健康科学部と、今回のプロジェクトでタッグを組めることが、私自身、楽しみでなりません。
寮生活から生まれる医学部とスポーツ健康科学部のたしかな絆
今回のプロジェクトを通して、医学部とスポーツ健康科学部の絆の強さがうかがえますが、何か理由があるのでしょうか?
小林: 「医学部」と「スポーツ健康科学部」の2学部は、大学入学と同時に「啓心寮」で1年間の寮生活を共にするので、医者を志す医学部とアスリートが多く所属するスポーツ健康科学部の学生は、学部の垣根を越えて仲間になれるんです。大学入学1年間という濃い時間を共有したからか、卒業後もお互いの結婚式に出たり、今でも定期的に会う間柄です。私自身が寮生活を過ごしたのは、さくらキャンパスに移転する前の習志野キャンパス時代ですが、2年生の時も部屋長(現・室長)として寮に残ったので、忘れがたい思い出になっています。
青木: 私はさくらキャンパスに移転した1988年に入学したので、新築の寮でした。その年にソウルオリンピックがあり、先輩の鈴木大地さん(現・スポーツ庁長官)がバサロ泳法で水泳の金メダルを獲った時は、寮のみんなと喜び合いました。また、医学部卒で、ラグビー日本代表のチームドクターとして2015年のW杯で活躍した高澤祐治先生も寮仲間。高澤先生が2018年にスポーツ健康科学部の教授に就任されたので、今では同じ学部の教員同士です。
スポーツ健康科学部と啓心寮がある「さくらキャンパス」
小林: 順天堂の医学部は他大学に比べて体育系の人間が多いんです。私自身も大学時代もラグビーを続けていました。もちろん体育系でない学生もいますが、みんなスポーツは好き。私の頃は駅伝が強かった時代です。「あれに比べたら自分たちは幸せ」と思うくらい、当時のスポーツ健康科学部の運動部の選手は厳しいトレーニングをしていました。私は甲子園経験者と同室だったのですが、彼を見て「これが一流のアスリートなんだ」と感じることは多かったです。
青木: 大学1年生の寮生活で全国レベルの選手と触れ合っている順天堂のドクターは、アスリートの何たるかを肌で感じています。
小林: スポーツドクターは、医学だけわかっていても、スポーツの感覚を選手と共有できないとサポートのポイントがずれてしまうことがあるんです。私たちがツボを心得た治療ができる、その素地はこの「啓心寮」で作られたと思っています。
浦安病院で行われたメディカルチェックの様子。医学部附属病院には多くのスポーツドクターが在籍している
青木: スポーツ健康科学部と医学部で職種や年代を超えた"絆"ができるのも、「啓心寮」での共同生活という伝統があるからこそ。今回のプロジェクトでも、その"絆"が大いに活かされると思っています。
学生にとっても有意義で夢のあるプロジェクト
今回のプロジェクトには、学生が関わることができるのでしょうか。
青木: 実はすでに大学院生が測定補助を行っていますし、今後、データ収集にも学生の力を借りていく予定です。選手の測定に携わることが、授業の実践になるでしょう。スポーツ健康科学部にはアスレティックトレーナーを目指す学生もいますが、その実習などを千葉ロッテマリーンズで行う機会も出てくるかもしれません。また、ゲーム分析やアナリストの分野などで関わる可能性もあると思っています。
新人選手への体力測定では、スポーツ健康科学研究科の大学院生が測定補助を行った
小林: 千葉ロッテマリーンズのトレーナーの皆さんの学ぶ意欲も、とても高いと感じています。本学には医学部にもスポーツ健康科学部にも社会人が入学できる大学院があるので、働きながら学ぶ機会も提供できるかもしれません。また、選手に対しても大学での学び直しなど、セカンドキャリアの可能性を示すことができるでしょう。順天堂大学として、できることはたくさんあると思っています。
青木: プロのスポーツに直接的・間接的に関わることは、スポーツが好きだから学んでいる彼らの大きなモチベーションになるはずです。今回の体力測定でも、実際に測定で使われていた機器や測定項目に、野球部の学生たちは特に関心を示していました。このプロジェクトが、学生にとっても人生における出会いやチャンスになればと思っています。
小林: そして最終的には、今回のプロジェクトの成果を国民の健康課題に落とし込んでいくことも目指したいと思っています。例えば、超高齢社会の日本の問題は平均寿命と健康寿命の差が大きいことが挙げられますが、それを縮めるには足腰を鍛えることに尽きます。トップアスリートから得られたデータは、選手だけでなく一般の人々の健康にも寄与できるはず。このプロジェクトを通して、より大きな命題にも挑んでいきたいですね。青木先生、頑張りましょう。
青木: こちらこそ、よろしくお願いします。まかせてください。
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March 25, 2020 at 08:40AM
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