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Netflixの『プロジェクト・パワー』は、“超人化”の裏側にある科学の闇を描いている:映画レヴュー - WIRED.jp

※映画やドラマのレヴュー記事にはネタバレにつながる描写が含まれていることがあります。十分にご注意ください

物語に登場するマッドサイエンティストが邪悪な笑みを浮かべても、そこから科学的な教訓が得られることはめったにない。最後の叫びは、たいていが「お前がわたしの娘を殺したのだ」といった個人的な恨みか、はたまた自分の発明した謎の光線がオゾン層の組成を変えるといったたわ言にすぎない。

Netflixの新作スーパーヒーロー映画『プロジェクト・パワー』では、敵となる犯罪組織が「パワー」と呼ばれる謎の薬の開発に成功する。パワーは飲むと5分間だけ超人的な力を発揮できるが、胸が破裂して死に至る可能性もある危険な薬物だ。

世界初のヒト細胞の培養の裏側

パワーの秘密は動物の遺伝子と関係することが示唆されるが、脚本は科学的なつじつま合わせに時間を無駄にしたりはしない。ただ、物語終盤の対決シーンでは敵のリーダーが「ヘンリエッタ・ラックス」という人物に言及する。

ラックスは1951年に子宮頸がんの合併症で亡くなったアフリカ系米国人だ。ラックスが治療を受けていたジョンズ・ホプキンズ病院の医師たちは、研究目的で彼女の腫瘍から細胞を採取し、世界で初めてヒト細胞の培養に成功した。

ラックスの細胞はヒーラ(HeLa)細胞と呼ばれるようになり、ポリオとヒトパピローマウイルス(HPV)のワクチンの開発や、がんやHIVなどの研究に使われ、巨額の利益を生み出した。ヒト細胞が宇宙空間でどのような振る舞いをするかを調べるために宇宙にも行くなど、医学的にも人類に飛躍的な進歩をもたらしている。

ただ、細胞の採取はラックス本人には無断で実施された。これについて映画では悪役が、“科学”のせいでひとりの人間が苦しんでも、その苦しみが数百万人の生活をよりよいものに変えられることの好例だと主張する。主人公たちはもちろん賛成しないし、視聴者もこの議論を受け入れはしないだろう。

「スーパーヒーロー不在」の映画

映画では冒頭から、危険な薬物によってニューオーリンズの街がめちゃくちゃになっていく様子が描かれる。元軍人のアート(ジェイミー・フォックス)と警察官のフランク(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)は、それぞれ別の理由からパワーの背後にいるのは誰かを突き止めようとしている。そこに絡んでくるのが、母親のために金が必要でパワーの売人をしている少女ロビン(ドミニク・フィッシュバック)だ。

3人は協力して、この薬物がある軍需企業によって政府公認の研究所で開発されたものであることを突き止める。その過程で、パワーの開発の契機となった謎の力を秘めた黒人の少女が登場するが、彼女こそがこの映画におけるヘンリエッタ・ラックスというわけだ。

『プロジェクト・パワー』はよくできた娯楽作品だが、監督のアリエル・シュルマンはこの映画には「いわゆるスーパーヒーローはいない」と言っている。スーパーヒーロー映画の主人公に完璧な強さや清廉潔白といったものは求めていないので、それは構わない。だが、現在のような状況では、職務を遂行するためなら違法行為も辞さないという警察官を称賛したくはない。

「キャプテン・アメリカ」との共通点

一方で、意図はしたものではないのだろうが、おかしな場面がたくさんある。例えば、アートが自分はテッポウエビ(とてもクールな生き物だ)の力を手に入れたと口にするとき、それは凄みの利いたせりふのはずだが、どうしても笑ってしまう。

全体的には男性陣はふたりとも役柄にハマっているし、紅一点のフィッシュバックも素晴らしい演技を見せてくれる。5分間だけとてつもない力が得られる薬というのも、人間を超人に生まれ変わらせる特殊な血清という少しばかり行き過ぎのアイデアを映画にする上では、うまい設定だと思う。

実際、こうした見慣れたアイデアがどう扱われているのか見るのは興味深い。血清によって超人化したスーパーヒーローは、科学が人類に及ぼした影響を擬人化したものだ。

マーベル作品の「キャプテン・アメリカ」を例に考えてみよう。キャプテン・アメリカは第二次世界大戦の産物だが、当時は科学のなかでも特に医学が非常に重要な意味をもっていた。

当時はコミックブックで医師が戦争の英雄として描かれ、人々はこぞって新しいワクチンの摂取を受けた。世界は医学の進歩を求めていたのだ。超人という概念に取り憑かれていたのはヒトラーだけではない。優生学はエリート層を中心に世界中で人気があり、公の場でも議論されていた。

金髪碧眼のキャプテン・アメリカは「超人兵士計画」によって誕生したのだが、彼はナチスへの憎悪から軍のプロジェクトに志願したので、この点は特に問題にならなかった。政府主導の人体実験は、英雄的かつ愛国的な動機と、とんでもなく白人中心の価値観に基づいて行われていた。白人が支配する米国は、科学によって自分たちがどこまで力を手にできるかという考えに熱中していたからだ。

“超人化”と人体実験の関係

現在ではこうしたあまりに単純な楽観主義は想像することすら難しいが、『アイアンマン』が公開された2008年の時点では、テクノロジーはまだ人類を脅かすようなものではなかった。トニー・スタークは軍需企業の社長で、科学技術に関する知識があったからこそパワードスーツをつくることができた。医学的知見も同じような位置づけだったのだ。

ところが、医学の名の下であれば何をしても許される時代は長続きはしなかった。人体実験目的で血清を打たれ超人と化したスーパーヒーローを描いた『ルーク・ケイジ』が登場したのは、1972年である。主役のケイジは黒人の受刑者で、キャプテン・アメリカのような愛国心や義侠心からではなく仮釈放と引き換えに被験者となることを受け入れ、パワーマンとして生まれ変わる。

キャプテン・アメリカの時代、受刑者に対する人体実験は特に問題視されておらず、むしろ愛国的な行為とみなされていた。囚人たちをマラリアに感染させることで、太平洋の戦場で病に倒れた兵士を治療する方法が見つかるなら、それは勝利への貢献となる。

ただ、ケイジの時代には、タスキギー梅毒実験の暴露などを背景に人体実験の非合法化を訴える声が高まった。米公衆衛生局が主導したこの臨床研究プロジェクトでは、黒人の梅毒患者399人に治療を施さず、症状がどのように進行するかを調べた。実験は実に40年にわたり、患者たちは梅毒に感染していることすら告げられなかったという。

2003年に刊行されたマーベル・コミックの『Truth: Red, White & Black』では、キャプテン・アメリカの闇の部分が語られる。キャプテン・ロジャースに投与された血清は、実はその前に黒人兵士たちを使った実験で使われており、兵士たちは全員死亡したというのだ。科学は超人をつくり出すことができるが、それは恐ろしいもので、同時に人種差別的でもある。

従来のスーパーヒーロー映画とは異なる寓話

最後にほんの少しだけネタバレだが、『プロジェクト・パワー』のアートの境遇は、ルーク・ケイジのそれとよく似ている。アートは特殊部隊の一員だったときに軍による超人化計画に巻き込まれたが、そもそも彼が入隊を決めたのは犯罪だらけの生まれ故郷を離れるためだった。2020年という時代にあって、真のスーパーヒーローを探すことはそれほど容易ではない。

ただ、アートの娘のトレイシーは、スーパーヒーローだと言えるかもしれない。アートが投与された薬物はトレイシーのDNAに紛れ込み、彼女に“永遠の力”を与えた。ヘンリエッタ・ラックスのヒーラ細胞や、タスキギー実験の被験者の妻や子どもで梅毒に感染して苦しんだ黒人たちと同じように、トレイシーは科学の予期せぬ結果なのだ。

プロジェクト・パワーは人体実験とその道義性を巡り、これまでのスーパーヒーロー映画とは異なる寓話を提示する。科学実験の副次的な影響にスポットライトを当て、被験者だった人間がスーパーヒーローになっていく過程が描かれるのだ。

※『WIRED』による映画のレヴュー記事はこちら

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